実母の病気

陽子線治療後、一ヶ月

2009/10/30(金)

陽子線治療後、一ヶ月の受診へ 母は一人ででかけました。
福島の郡山、『南東北がん陽子線治療センター』へ。
母の診察は、センチー長 がずっとして下さっています。

一ヵ月後のCTを撮りました。
CTを見ると、20ミリのぼやっとした白い影は殆ど残っていたそうです。
左下の部分だけ、月が欠けたようにはなっていたそうです。

母 「すっかり消えているかと思って、期待していたけれど・・・ガッカリした」

晴れ晴れ 「でも、半年とか一年単位で 結果がでるのかもよ・・・」
       「パンフレットの写真が、みなそうだったじゃない」
と、話しました。

とりあえず、穏やかなタイプだから・・・
次回の受診は、半年後でいいそうです。
次回は、3月の初め になりました。

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肺がん陽子線治療、最終回、10回を終える

2009/9/25(金)

母の、陽子線治療は、照射10回で予定通り終了しました。

前日、37.4℃の微熱があったものの、治療を受け、翌日の最終日には平熱に戻り、無事に10回目の陽子線治療を終えることができました。
荷物は宅配便で送り、新幹線で郡山から帰宅しました。
『治療の後半から、若干のヒリヒリ感があるような気がする』
とのことでしたが、日常生活の中、忘れてしまう程度だそうです。

帰宅した二日後には、 『エホバの証人王国会館』へ。(母の信仰する宗教)
日曜日の集会にも出席し、午後からの奉仕活動へも行きたかったくらい・・・
とのことでしたから、 身体的なダメージは、全くといって問題はないようです。
娘の私としては、心から安堵しました。
これで、CTに写っていた、血管をとりこんでいた肺の白い影 が消えてくれることを願いたいです。

毎回、陽子線の治療後の結果を直ぐに見せてくれる・・・のも、高度先端医療、陽子線治療の特徴ではないかと思います。
毎回、治療の結果を、即日、レントゲン写真で見せてくれるのです。

治療の痕が、レントゲン写真には 黒く写ります。

次回は、約一ヶ月後の予約です。

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陽子線治療の経過

2009/9/14(火)

陽子線治療 3回目、
「陽子線が、患部に的確に当たり、治療は順調」 と、明るい声で父に電話がありました。

2009/9/16(水) 

陽子線治療通院がはじまって5回目、実家で父と夕食を終えた頃、母から電話がありました。
「少々、通院疲れが出てきている」
「重たいバックを抱えて、施設内をウロウロ歩くから、筋肉痛かもね?」
(治療開始前、自分用のビニール製のファイルを渡される)
(通院に、そのファイルを持参し治療の経過や説明書をその都度ファイルしていく)
「治療しているところは、痛いとか苦しいとか・・・特にないから大丈夫」
「何が大変って、一番は、自分の御飯の事ね」
「食事療法を考えながら、食べられるのを探すのって、大変な事だね」
「贅沢な悩みだけどね」
「夕食は、お蕎麦にしようと思ったのだけど、近くにお蕎麦屋さんがなくてね・・・お蕎麦のある居酒屋さんで、お蕎麦だけ食べたりしている」
「そこのメニューでは、お蕎麦だけしか食べられるものがないのよねぇ」
「駅ビルの地下街には、新鮮な魚や果物が豊富にある・・・」
「今度、白身のお刺身でも食べてみようかな・・・」
「朝食もあれね・・・バイキングだけど、自分の御飯でないと、呆れが来るものね」
「こんなに食べることが大変だなんてね・・・も~、ビックリよ」

2009/9/26(土)

陽子線治療、7回目を終え、シルバーウィーク中は、休診の為、昨日、自宅へ戻った母から電話がありました。
(当日、すれ違いで晴れ晴れは帰宅していた)
「留守中、あちこち掃除してくれたみたいでありがとう」
「食事の支度もありがとう」
「昨日は、移動疲れか、食事の後少し気分が悪くなって寝ちゃったのだけれど、今日は、まあまあです」
「少し身体が熱いというか、患部が熱を持っているような感覚はある」
「今日は、少しヒリヒリするような気もする」
「ショウガを食べたから、しみるのかしら?」
「一時、刺激性の食材に気をつけた方がいいかもね・・・」
「身体を冷やす食べ物をとるようにした方がいいかも」 

でも、翌日の日曜日には、通常通り、集会(エホバの証人の王国会館)に参加したそうだから、大したことはない・・・心配はない・・・のだと思います。

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陽子線治療の開始

2009/9/10(木)

実母の、南東北がん陽子線治療センターでの『陽子線治療』が開始されました。
一日一回の陽子線照射を計10回行う予定です。
9/10、11、14、15、16、17、18、23、24、25 → 計 10回 

連日になる場合は、郡山駅前のビジネスホテル(病院と協力関係にある)宿泊して通院、
(金)の治療を終えて、新幹線で帰宅し、(月)に再び郡山への予定をたてました。

陽子線治療の第一回目

は、初日ということもあり、照射場所合わせに時間がかかったようです。(約一時間)
第二回目からは、所要時間は30分程度で、約半分になったとか・・・
母 「場所合わせに時間がかかるだけで、照射時間はあっという間、痛くもかゆくもない」
とのことです。

ただ、治療するにあたり、『ドンカン ドンカン』 独特の騒がしい音 がするので、最初は、ドキドキ してしまったようですが、回数を重ねるごとに慣れてくる・・・とも話していました。

陽子線治療は、高度先端医療であり、保険のきかない高額医療です。
そこで、治療するにあたって患者と病院側との『取り決め』があります。
その中の最重要として、陽子線治療技術料(保険のきかない部分)を、治療開始から一週間以内に、銀行振り込みする と、いうものがありました。
母の場合は、事前に請求書をおこしてもらい(通常は、治療開始日に請求書が発行される)、事前振り込み を済ませて治療に臨みました。

その、陽子線治療技術料 は、 ¥2,884,000  でした。

また、保証人も二名(一人は、同居世帯可) 必要です。


 

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陽子線治療へ

2009/8/18(火)   sun
hospital

晴れ晴れ母と福島県郡山市へ行ってきました。

P1000085

2008年10月、民間初の陽子線治療施設がオープンとなり、2009年2月に、厚生省から『先進医療施設』の認定となった病院へです。

施設隣のクリニック玄関脇には、温泉の 足湯 がありました。 P1000086

独協医大呼吸器科の先生がそちらにいらっしゃるので、筑波でなく、『南東北がん陽子線治療センター』へ紹介状となりました。

今のところ、不破センター長が、担当医師となって下さっています。
一昨日は、CT検査とペット検査をしました。
14時にCT、15時30分からペット検査、終わったのは18時10分頃でした。
独協医大でのペット検査では、サンドイッチの軽食が出たのですが、こちらの『南東北がん陽子線治療センター』では、出たのは お水 だけでした。
看護師さんから、お昼から何も食べていないのだから、食事をとるように言われました。
隣のクリニックは、既に営業時間外でした。
二つ隣の総合病院の売店で、野菜ジュース、お赤飯、アンパン を買い戻りました。
四階のラウンジで、軽食をとりました。


母も食事療法をしているので、アンパンを食すことを躊躇していましたが、ブツブツと味の批評ををしながら食べていました。
P1000088 「身体に悪そうな、バターの味がする」
「身体に悪そうな、乳製品の味もする」
「砂糖は、勿論、白砂糖なんでしょうね」
「美味しいけど、この味は、飽きの来る味」

とか。

19時に、不破センター長から検査結果のお話がありました。
今回のペット検査では 『写りこみ』(がんを疑わせる変色) はなかった
(独協医大では、赤く変色していて90%がんである との診断でした)
そうで、

センター長 「経過検査でいいのではないかな? 今直ぐに陽子線でなくても・・・」 との第一声でした。
センター長 「白い影も薄いし・・・」
途中から、獨協医大から来ている呼吸器の先生が診断に参加されました。
(PHSで話しながら、パソコンで同CT画像を見ながら)
流れるようなCT画像の途中で、静止画像となりました。
センター長 「これか、ああ、血管取り込んでるか・・・」
        「これが、気持ちが悪いか・・・」
        「エホバの方だしね・・・」
        「では、経過おかない方がいいか・・・」
        「ご本人と相談してみます」

センター長が私たちの方に向き直り、

センター長 「全体的に薄ければいいのですがね・・・」
        「ここの部分、一点が濃いですよね」
        「そこに向かって、白い線がありますよね」
        「これって血管なんですね」
        (悪性腫瘍は、成長する為に、自ら 新生血管 を作りだし酸素、栄養を補給する)
        「やはり、陽子線治療を致しましょう」


陽子線治療を9/10日 から受けられることになりました。

まずは、その前に 陽子線治療の為の 『型おこし』
(一ミリ単位で照射するので、その人だけの型を作る)
を、8/31 にすることになりました。
予約時間は、13時30分 です。

先進医療、陽子線治療に興味のおありになる方は、下記のホームページをご参照下さい。

南東北がん陽子線治療センター
℡ 024-934-3888

http://www.southerntohoku-proton.com/

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紹介状

2009/7/21(火)

弟君に付き添われ、母が獨協医大へ行きました。
hospital
『南東北がん陽子線治療センター』 への紹介状を頂きました。
担当医からデータを渡され、事前調査をしてもらったところ、細胞診でがん確定されなくても、
肺がんの陽子線治療を、受けられるとのことでした。

*まずは、8月に、自分で電話予約をし、紹介状を持って、診察へ行く。
*検査は、二泊三日で行われる → 予約をとる。
*陽子線治療では、約二週間の入院が必要。
*退院後は、最初は数ヶ月単位で経過検査通院が必要。

とのことでした。

親戚 友人達に、内緒で治療したかった母は、結構大掛かりな日数に、少々気落ちしたようでした。

弟君が、予約をとることになりました。

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千葉(重粒子線)がいいか、郡山(陽子線)がいいか

2009/6/2日 (火) sun

hospital 昨日、弟が付き添って、母は獨協医大へ行きました。

先生

「自分なりに調べてはみましたが、郡山の方だと何回かやらないとならないかもしれません。」
「インターネット等での情報では、千葉の方なら、一回で済むような記載があります」
「回数が少ない方がいいのですよね?」

母 「はい」

先生 

「紹介状は、用意してあるのですが・・・」
「メールでは、資料等全部を添付すること等できないので、相談するにも限りがありました」
「獨協医大から南東北陽子線治療センターへ、行っている先生がいます。」
「その先生に資料を託し、詳細な見積りみたいなことをしようかと思うのですがどうでしょう?」
「病状は、早急な状態ではないので、一ヶ月遅くても問題はないでしょう」

とのこと。

次回は、7月中旬に獨協医大への予約となりました。

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母の肺細胞診断結果

2009/4/28(火)

弟が付き添って、獨協医大へ。
母の肺細胞診の結果を聞きに行きました。

その結果、がん細胞は確認できなかったとのこと。
クラス3 で、AAH (前ガン)状態であるとのことでした。

ただ、ミクロ単位のガンがあるかどうかはわからない・・・とも。

「がんの部分をがれなかった・・・のかもしれないし・・・」

「全てがまだがん化してないのかもしれないし・・・」

「暫くは、がん化しないかもしれないし、がん化してから動くか」
「今のうちから手を打つか」
「本人次第です」

と、担当医師からのお話。

大動脈解離 経過検査中であることと、信仰上の輸血拒否 である事などから、
肺ガンの場合、重粒子線 or 陽子線 治療 を希望していた為、

先生 「福島県郡山市に 出来たばかりの、『南東北がん陽子線治療センター』 が良いのでは?」
弟  「千葉の重粒子の方は?」
と聞くと
先生 「千葉では、かえって遠いでしょう」
    「郡山なら、新幹線で行けますから」
    「治療も一日で済むかもしれません」
    「治療は、一日でも一週間でも、費用は同額 約300万円くらいかかります」

との弁に、母は即答で答えたそうです。
母  「一日だけで済むのなら、尚更 結構なことです。 では、そちらでお願いします」
    「もともと 肺がん の心積もりでしたから、お願いします」

獨協医大から、南東北がん陽子線治療センターへ移動された先生がいらっしゃるそうで、この、前がん状態でも、受け入れが可能かどうか・・・
紹介をかけてみます・・・とのこと。

次回の獨協医大への予約は、6月初旬 です。


南東北がん陽子線治療センター

http://www.minamitohoku.jp/pet/pet_youshisen.html

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母の肺ガン細胞診とその後

hospital 2009/4/13(月) suncloud

午後、二番目の順番となり、14時30分~ 全身麻酔による肺ガン細胞診が行われました。
獨協医大で、hospitalpcナビゲーションシステム機械をレンタルしての検査となりました。

一時間半程で、病室に戻ってきました。
既に目覚めていて、体も動かすことができるようでした。

看護師さんの指導の元、ストレッチャーから、ベットにゴロンと転がり移動できました。

そんな姿に安堵し、「すっかり覚めているね。凄い・・・」 と話しかけると、
「苦しかった・・・辛かった」 と話します。

麻酔の効きが悪かったのか、麻酔の量が足らなかったのか・・・

検査の最後くらいに覚醒してしまったのだそうです。

苦しくて身体をくねらせたら、

「動かないで!」 と言われたそうです。

そんな母の声は、咽喉が傷ついてしまったのでしょう・・・ガラガラ声で、かすれた声でした。
自分の手術後を思い出しました。

16時頃、執刀医が検査説明に来て下さいました。
「検査は、成功だったと思う」
「患部の10か所くらいから細胞をとった」
「検査の結果は約一週間後にわかります」
「明日、退院してもいいです」

とのことでした。
翌日は、義妹が迎えに行ってくれることになりました。
迎えに行くと、「胸が(筋肉痛のように)痛い」 という母・・・レントゲンを撮ることになりました。
結果、検査をしたところの肺が少し凹んでいるとのことでした。
「入浴禁止で、安静にしているように・・・」
とのことで、二日後に再診予約を取って、退院しました。

それから、安静に心がけ、二日後の再診では症状は改善しているとのことでしたが、母は、一週間位、自宅で寝たり起きたりしていました。
現在は、通常に戻っています。

検査の結果は、来週わかります。

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ナビゲーションシステムをレンタルしての細胞診

hospital2009/3/17日(火) sun

四月中旬頃の陽気という暖かい日となりました。

今日は、弟君が付き添って 母の 肺がん検査の為 『獨協医大』 へ行きました。
二回目の検査入院が決まりました。
今回は、失敗のないように最先端の医療機器をレンタルしての検査となりるようです。
なんでも、カーナビの様な機能があり、患部位置を設定すると、自動で病理部をとってくれる機械なのだそうです。
手動ではなく、自動ということらしいです。
獨協医大には設備ない機械で、レンタルしてくれるそうです。
検査は、全身麻酔で行われます。

今度は、肺出血、発熱などおこらずに予定通り退院できることを願っています。
(大動脈解離の闘病、経過検査中である為、血管がもろいと思われる)

hospital

4/11(金) 入院
4/13(月) 検査
4/14(火) 退院予定

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CT画像でナビゲーションしながらの細胞診

2008/12/2(火)

母が今度は獨協医大、呼吸器科で経過検査でした。
弟君が同伴してくれました。
先日の自治医大での胸部CT画像を持参しました。

「今回の画像でも、肺の影に変化はない。むしろ薄くなっている感じだ」
「ただ、この薄いのは撮影の仕方の違いや、角度などによるものでしょう」
「でも、濃くなったりしていないので、変化なしという見方で良いでしょう」
「これらのことから、癌であっても穏やかなタイプであると思われるので、早急に再検査等をしなくても良いと思う」
「本人が輸血拒否であり、大動脈解離の方も安定せず、弓部大動脈瘤の拡大があったりなので・・・」
「獨協医大でも、肺の手術は難しい」
「次回は、CT画像を見ながらナビゲーションシステムの機械を借りて細胞診をしてみましょう」
「細胞診で確定したなら、本人の最初の希望通り、陽子線治療でも良いのではないでしょうか」
「今度の診察は、三月でいいです」
「その時に、CT画像を見ながらナビゲーションシステムの細胞診をする日程を決めましょう」

うちにはない機械を借りて・・・と、先生がおっしゃる。
どこから借りるのでしょうか?
提携している医療機関から? 
開発会社から?
医療機のリースでしょうか?

どちらにしても、最先端の医療、細胞診をしてもらえるということなのでしょうね。
四月頃、また入院して、そのナビゲーション細胞診をすることになりそうです。

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大動脈 弓部が大動脈瘤に 

2008/11/19日(水)

母は、hospital自治医大で、二週間ほど前に、大動脈解離の経過検査で足先までのCTを撮りました。
血管造影剤に、アレルギー反応をしてしまうので母が否し、造影剤を使わないCT検査となりました。

結果を聞く為、hospital自治医大へ弟が付き添いました。
検査の結果は、

『大動脈解離の方は、血管造影ではないので、どこまで固まってきている等の詳細は分からないが、まだ解離したまま流れている』

『3年くらいで固まる人もいれば、一生解離したままの人もいる』

『大動脈の解離した部分、弓部(きゅうぶ)が大動脈瘤(コブ)になっている』
『その大動脈の直径が、やや大きくなった(47→50弱mm.)』
『手術はできない(輸血拒否)のだから、常時、気をつけることは、血圧の安定しかない』
『肺の影の方は、放射線科の先生に診てもらったところ、変化なし』

午後までかかって、心電図や動脈硬化測定、大動脈関係の色々な検査をしたそうです。

家族的には、早期発見された()肺の手術をそろそろとた方がいいのでは?

と思うのですが、病院側の見解は

「大動脈瘤があることですし、今の段階で、手術は考えなくていいでしょう」

とのこと。

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母の検査入院

2008/8/13 (水) cloudsun

昨日は、父事務所勤務後、実家に泊まりました。

朝、9時出発で、母はhospital獨協医大へ入院しました。

肺の細胞をとる検査の為です。

一泊二日かと思っていましたら、二泊三日のスケジュールなのだそうです。

検査は、8/14日。

全身麻酔で行われる、気管支鏡の細胞診となります。

結果は、2~3週間後。

母は、手術を来週に控えた私の心配ばかりをし、 私が送迎することを拒みました。

『慣れない道で私のせいで事故でもあったら大変だし、もう自分のことに専念して欲しい』

と言いました。

手術を控えた私、仕事に追われる父弟、同居と子育てで精一杯の妹、 に代わって、

10月に結婚することになった、弟君の婚約者が送ってくれることになりました。

彼女は、母や弟と同じ 『エホバの証人』 であり、隣市の病院で看護師をしています。

母は、安心してお願いしたようです。

そこで、私は、今日、お盆休み返上の父事務所へ出勤しています。

事実上、手術を終え元気になるまでの、最後の勤務日となります。

この暑い中、測量現場で格闘している父や弟君に比べて、pcパソコン入力等の安易な仕事をしています。

午後は、友人ちーちゃんの美容室virgoで、カットやトリートメントをしてもらう予定です。

手術後、一ヵ月後の診察、ドクターのGO~サインが出るまでは、美容室禁止 なので・・・

自分の病気のことは、保護者1さんの親戚、自分の親戚も勿論のこと、少しの友人にしか話をしていません。

その中、ちーちゃんには、家の事情、自分の事情を、全て話しをしてあります。

(いつも、隠し事のない友人がいる・・・ということのありがたさ を感じています)

東京のhospital伊藤病院へお見舞いに来てくれるとの話でしたが、丁寧に断って、実家静養になったら顔を見に来てくれるように話しました。

父は、昨夜も今朝も、私の心配事をブツブツ・・・、何かの度に話していました。

いつも、ブツブツよく独り言を言う人なのですが、 お盆休暇をとれない程仕事が大変なのに 母の事、私の事、頭の中がパンクしそう・・・な様子です。

また、寝込まなければいいのですけれど。。。

実家の身内も大変です。

母のことは昨年から続いているし、今度は、私のことが加わり・・・この時期、一気に来てしまったものだから。。。

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生体検査、細胞診断

 2008/7/24(木) sun

結局、hospital J医大へ戻り、S山教授から また 紹介状を書いてもらい、獨協医大へ。

宗教のことがあるので、弟が付き添いで行きました。

hospital獨協医大で、CT画像を撮り直し、そちらの診断では、

Dr. 「医師が9/10人は、経過検査でいい との判断をするでしょう。」 とか。 

「細胞診断をしたい・・・白黒しよう」 という、本人の強い希望により、生体検査することになりました。

何でも、開胸のメスを入れることなく、喉からスコープを挿入し、途中から気管へ入っていくのだとか・・・

出血も最小限で、輸血の心配もないとか・・・

それが出来るのは、県内では 数人のDr.しかいない とのことでした。

呼吸器外科においては、現時点において、J医大よりも獨協のレベルの方が高く、逆転している・・・と言うことです。

スコープは、CTを映し出しながら、その患部を目指すそうなのだけれど、患部細胞を上手くとることができるのは、50% くらいの確率しかないのだそう。

それでも、本人は 「お願いしたい」 とのことで、 検査することになりました。

hospital 8/13~14日 一泊二日 です。

弟が付き添ってくれることになりました。

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ペット検査の結果

2008.7.2(水)

今日、実母は一人でhospital J医大へ行きました。

晴れ晴れ母 「いつも付き添って貰ったら、ボケちゃうから・・・」 と。

今日は、循環器科、大動脈解離の方の経過診察です。

大動脈解離の方は、少しずつですが回復、体力も回復してくれているようです。

6/27日、先週の金曜日、ペット検査の結果が出たというので、K先生hospitalのところを受診したそうです。

弟君が付き添いしてくれました。

結果は、 

「患部が、糖を取り込んで青っぽく変色・・・つまり、陽性(悪性であろう)」 とのこと。

「検査結果の信用性は、90%・ 悪性確定」 とのことでした。

K先生が、J医大外科の第一人者へ紹介状を書いて下さいました。

先生の見解では、「輸血なしでも手術可能であろう」 とのことで、来週7日(月)に、J医大へ行くことになりました。

晴れ晴れは、保護者2さんの通院日なので、弟君が同行してくれることになりました。

晴れ晴れ 「私の事は気にせずに、最短で手術をお願いして」 と話しました。

弟君は、「退院後、一緒に二人で寝ていればいいじゃん」 と言ってくれています。

どうなりますことか・・・

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セカンドオピニオン

hospital栃木がんセンター女医さんから、hospital自治医大へ戻された母は、先日、一人で自治医大へ行きました。

すると、呼吸器内科の教授は、

「私の見解はそうではない」

「グズグズしていないで、手遅れにならないうちに、検査だけでもした方がいい」

「では、次は hospital獨協医大を紹介します」hospital

と、またまた紹介状を持たされての帰宅でした。

埒が明かないので、晴れ晴れが学会で不在のK先生宅へお電話し、奥様に下話をした上で、

帰宅される数日後に データを持ってhospitalK先生病院を受診しました。

母の宗教(輸血拒否)のことがあり、先生にご迷惑をおかけしてしまう・・・とは思ったのですが、

母の生命に関わる大事であって、呼吸器内科の名医である、先生に診て頂きたい、助けて頂きたいとの思いからでした。

--K先生---

「昨日、宇都宮でね、全国の名医が集まっての、肺ガンに関する講演があって、僕も檀上に立ったんだけれども・・・」

「終わってから、講演を聞き終えた、エホバの証人だという、変なおじさんが話しかけてきてね」

「僕は、聞く耳持たなかったけれど・・・何のつもりだろ?」

「僕達医師が、あの宗教に入る人なんて一人もいないよ」

「医学の進歩に逆境するものだからね」

「あの宗教には、医学会は、大変迷惑をしています」

と、母に釘を刺した。

晴れ晴れ 「その通りだと思います」

母も  「そうでしょうね」 と答えていた。

K先生 「それで、どうしたいですか?」

母 「ガンかそうではないのか検査をお願いしたいです。」

K先生 「では、まずはペット検査をなさったらどうですか?」

     「私も、毎年調べているんだよ」

     「あれなら、傷つけずに診断できるから」

直ぐに、獨協医大ペットセンターへ電話をしてくれました。

そして、最短予約を取り付けて下さいました。

ペット検査  6/17(火) 12時45分 ~

--K先生の診断--

「腫瘍は、肺の真ん中・・・だなぁ」

「肋膜にかかった痕があるね・・・」

「大動脈解離もはっきりと出ているね」

「うーーん、やはり、細気管支肺胞上皮ガンの疑いがあるね」

とのこと。

セカンドオピニオンどころか、サードオピニオン・・・・

検査は、明日。 

結果は、2週間後。

後に、母に聞くと・・・

講演後話しかけてきた男性は、医療班というか、宗教の中でも選りすぐりの優秀な人材とか。

勧誘とかではなく、輸血できない旨を理解してもらい、その上での医療(輸血なしの手術or術中流れた血を戻しながらする手術) への協力をお願いして歩いているのだとか・・・

しかし、母の受診時、K先生は終始、厳しいお顔をなさっていました。

私と接見では、いつもにこやかにほほ笑んでおいでなのに・・・あんなに厳しいお顔もするのだなぁ・・・と言う感じでした。

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経過検査で

2008/4/30(水)

4月の初旬、hospitalTがんセンターへ紹介状を持っていった(父が風邪をひいてダウンした為、宿泊できず、翌日は妹が付き添ってくれた)際、

「データが足らない・・・造影検査データ他、全てを持参して下さい」とのことでした。

二度目の今回は、宗教的なこともあり 弟が母に付き添いました。

hospital J医大からの血管造影データを見て 女医先生(白衣を身にまとわず、私服で診察とか) の判断は、

「今は、CT技術が進歩し、以前は写らなかったものが色々と写る」

「リンパ線だったり、肺炎の痕だったり・・・色々です」

「前は、これくらいの陰でも全て手術をしましたが、いざ摘出してみると、ガンでなかったケースが結構あった」

「現在では、手術の必要外と判断する」

「影がもう少し濃くなったり、大きくなったりした時にはまたきて下さい」

「ただ定期的(数か月に一度)に経過検査が必要です。」

「それは、今までのデータがあるJ医大の方がいいでしょう」

とのことでした。

とりあえず、経過検査となりました。

ひとまず、confident一安心というところ・・・

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Tがんセンターへ紹介状

最近、母は気候cloverが暖かくなり、体調も良いようだ。

先日、hospital J医大呼吸器内科の診察の方へは、電車とバスで行けるようになった。

今回の受診では、hospital J医大教授の薦めで、『hospital Tがん医療センターへmemomail紹介状で移るように』 との話があったそうだ。

母は、以前と同じ 『大動脈解離で精一杯で、一年位は、あっちもこっちも出来ません。』 と、 自分の主張をしたようだけれど・・・

『検査できる状態に回復してきているのだから、このままにしていないで、そちらで検査を受けて下さい』

『紹介状を書くので、一ヶ月以内には行って下さい』 とも。

その話は、building仕事中pc、弟君から聞いた。

(私の術後、看病をかっていただけに、私には、言い辛いのかも)

『それから、数日、母がナーバスで機嫌が悪くて、悪くて・・・』 とも。

甲状腺と違い、肺の細胞診断検査は大変だ。 

場所によっては、開胸しなければならない。

簡単な方でも、胸脇に穴を開けて行う・・・手術のようなものだから。。。

私より、hospitalsleepy母の方が先になりそうだ。

4月中には、Tがんセンター へ行かないと・・・

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ひだまり診療所

2008/2/27日(水)

母に付き添い、hospital J医大へ。

2月に入ってからearthunder耳鳴りがする・・・という母。

大動脈解離 から来るものではないとのこと。

近くのear耳鼻咽喉科で出してもらった薬も持参し、飲み合わせを確認した。

(私の病気を話してからの耳鳴りなので、心配や精神的なものがあるのかもしれません)

S先生 「heart01動悸が少ししたり血圧が少し上がったりするかもしれないが、大丈夫」 とのこと。

大動脈解離の方は、順調に回復しているようです。

しかし少し心配なことになりました。

hospital入院時から今まで、頼りにしていたS先生でしたが、hospital J医大を辞め、この4月から 宇都宮で開業なさるのだとか。

S先生 「最初はも色々考えたのですけれどねぇ・・・」

     「私の場合、最初から医者になった訳ではなくてですね・・・最初は、物理の方をしていたのです」

     「だからね、皆より出遅れているところもあったり、肌が合わなかったり・・・」

     「いや~、借金ばかりで大変ですよ。 数年後には、レストランになっているかも?・・・よ。」

S先生は、とても柔らかな物腰で、いつでも話をよく聞いてくれていた・・・

たわいない心配事でも、いつも、笑いながら・・・「そんなことない」「大丈夫ですよ」 って。

S先生は、hospital大学病院という組織にいては得られない、与えられない医療を目指しているかもしれない・・・

先生らしい、体温の感じる ネーミング sun『ひだまり診療所』 というそうです。

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自分の足で

昨日、2/25日は、実母のJ医大呼吸器内科受診日でした。

大動脈解離発病以来、初めて、自分の足でJ医大へ行った記念すべき日でもありました。

駅までは、父に送迎して貰い、traincarTAXY→hospital 帰りは逆バージョンで。

検査の結果、先日の血管造影CTpcをみて、

先生 『大きさは、annoy約2cmで大きくはなっていないが、やはり、初期の肺腺がんdangerを疑います』

先生 『検査ですが、宇都宮のhospitalがんセンターへの紹介状を書きますが・・・』 

母  『私の場合、あちらも こちらもはできません』

    『大動脈解離が治ってから検査を受けようと思います』

と、答えたそう。

(もしかしたら、私の手術もネックになっているのかもしれません)

私の甲状腺ガンは、annoy約1.2cm ・・・ 母の方が、重篤。。。bearing

明日、2/27日(水) も、母のhospital J医大通院日です。

今度は、循環器科 『大動脈解離』の方。

一緒にでかけてきます。

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「頑張れるのかなぁ~?」

母に、新たな疾患が見つかりました。

自治医大の呼吸器内科、S先生の診断によると、

「肺に、20ミリの白い影・・・AAHもしくは、肺腺癌の疑い・・・」

「健常者なら、肺に穴をあけて細胞診をして、悪性なら切除手術となります。」

「けれど、大動脈解離があるので、検査も、ましてや手術は無理でしょう。」

「命の危機・・・選択順からいって、大動脈解離 が最優先です。」

「初期の癌などは放っておいて、まずはそちらの病気です。」

それは、大動脈解離の血管造影CT検査で、たまたま見つかったものでした。

先日のこと

K先生   「介護と看病でしょう? 晴れ晴れさんが、大変だね。」

晴れ晴れ 「はい。でも、一番大変な時期は過ぎたと思いますので・・・」

K先生   「ますます 痩せちゃうなぁ~。」

晴れ晴れ 「体重が落ちないように心掛けています。」

       「今が、頑張り時です。」

K先生   「頑張れるのかなぁ~?」

先生は、何度も首をかしげておいででした。

Mon2

頑張れる・・・

頑張る為に、母が倒れてから断酒ing

睡眠不足には、要注意。

毎晩、就寝22時。

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