妹の病気

快方へ

妹は、あれから 一週間程実家で静養 し、house自宅へと帰りました。
まずは、実家から仕事へ復帰して自信をつけた後のことでした。

『仕事よりも、まずは、子育てから』 と、私は意見したのでしたが・・・

現在では、週末に、娘二人を連れて実家に泊まりに来ています。

(同年代ご近所さんの離婚の理由が、嫁が実家ばかりを大事にしたからだ・・・
と、お姑さんから言われたりして、発病前は、なかなか実家へも帰ることが出来ない現状でした)

大家族になって大変なこともあるでしょうが、母が頑張ってくれています。

妹は、先日、一人でメンタルクリニックへ再診できました。

精神安定剤リーゼ をまた処方してもらったそうです。


今のところ、快方へ向かっているのではないでしょうか。

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精神安定剤、リーゼの効き目

2009/1/7(水)

妹は、朝から 精神安定剤を飲んだようだ。
話し方とか、仕草とか・・・ポヤポヤ していた。
仕切りに、カットしかけの 散切り頭を気にしていた。
カットの途中で、気分が悪くなり、救急車で運ばれた訳だから、
当然、片側が長くて、片側が短かったりのチグハグなヘアースタイルをしていた。

ポヤポヤ した口調で、
「大丈夫だから、仕事に行って」
と言うので、私は、父事務所へ出勤した。
お昼頃、母へ「大丈夫?」 と電話をすると、
薬を飲んだから・・・と、一人で近所の開店したばかり、初めての美容室へと出かけたそうだ。
応対のいい店長さんにカットしてもらったらしく 『ご機嫌で帰ってきた』 と言う。

15時頃、妹から事務所に電話が入った。

今度は、エステ (父事務所の二階にある) に行くと言う。 
「16時に予約をとったから、迎えに来てちょうだい」 と。

薬の効き目は、素晴らしいものがあるようだ・・・
でも、急に そんなに精力的に動いて大丈夫なのだろうか?
と心配になる。

妹は、「30分くらいだから・・・」 と言っていたが、約二時間後、事務所へと戻ってきた。

「ごゆっくりでしたね」 と言うと

「最初、『随分小さな声だけど、何かあったの?』 と聞かれたから
『パニック障害』 になってしまって・・・ と話しはじめたら、色々お話してくれたの」 と。
エクステンション を弟にまで見せびらかして、超→ご機嫌 という感じ。
弟には、 「もう少しで元気になるから」 と言っていた。

その後、実家の買い物を頼まれて、スーパーへ行くことになった。
妹も 『一緒に行く』 と言う。
そして、お礼に何か買ってくれる と言う。
「そんなことは、もっと元気になってからでいい」 と何度も言うのだけれど、ガンとして聞く耳を持たない。
スーパー内を一緒に歩く・・・妹の歩調は ゆっくりで フアフア している。
(薬のせい なのでしょう)

「何がいい?」 と言うので、 では、塩 がそろそろなかったから、『赤穂の天塩』 をリクエストし、
二袋 かごに入れた。
レジの後 袋詰めしていると
妹    「保護者1さんにもあげてね」 と、もう二袋 くれた。
晴れ晴れ「そんなに沢山悪いわね」 と言うと、
妹    「どういたしまして」 と
ニッコリ ピースサイン をしていた。

帰宅して夕食の支度をし、皆で食べていると・・・
父がいつものように、ベラベラしゃべる。
自分のことを話したり、仕事のことを話したり、妹に たわいもないことを聞いたりした。
私の父は、『とても、おしゃべりな人』 だ。
一日あったこと、何日も前のこと、ずっと昔あった出来事でさえ、思い出して、いつも話し続ける。
そんな いつもの日常・・・たわいもない会話の途中で、妹の顔色が変ってきた。
眼光が鋭くなり、イライラしているようで、急激に 不機嫌 になった。

妹 「朝は調子が良かったけれども、夜は調子悪い」
妹 「薬、飲もうかな?」

母 「病気の時は誰だってそうよ」
   「朝、熱が下がっていても、夜になったら微熱が出たり、熱が上がったりするじゃない」

妹 「夕方、エステ前に薬を飲んでしまったから、23時頃まで飲むのを我慢する」
   「先に寝ていいよ」

その夜は、私の方が先に就寝した。

私は、翌日、父事務所に出勤し、自宅へと戻った。
疲労感があったので、普段は使わない 高速道路 を使った。
途中、何度も休憩をとりながら・・・
 

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心療内科へ

2009/1/6(火)

翌日は、仕事をしないで妹に付いていることにしました。
母と、朝食の準備を終え、妹を呼びに行くと
「階下におりる。皆と食事をする」と言います。
朝食を前にして、
妹 「昨夜、グッスリ眠れて、体調がいい」 
と、結構、元気になっていました。
御飯をしっかり食べ、その後 ベットで横になりました。

10時のお茶の時、 母から 『心療内科』 『メンタルクリニック』 の話をきりだしました。
「なるべく早くそちらへかかった方がいい」 と、父が言っていたことも話しました。
妹は、「今日、行ってもいい」 と。
タウンページ で、病院 → 心療内科 で探しました。
市内 では、6つ くらいの病院、医院がありました。
その中で、母が知人に聞いたことがあると言う、メンタルクリニック へ電話をしてみました。
『完全予約制』
『今日は、15時30分なら空いている』
とのこと。
妹に話すと、『そこでいい』 と言うので、予約を入れました。
場所を聞くと、知人の美容室と同じビルにありました。
15分くらい前に、妹を連れて クリニック を訪ねました。

50問 くらいある問診表を、妹が記入して行きます。
途中、『答えがどちらか分からない』 と何度か言っていました。
晴れ晴れ 「一緒に入室しようか?」 と聞くと
妹      「一人で大丈夫」 と。
妹が女医さんに呼ばれました。
30分くらいの後、出てきました。
青い顔 をしていました。

妹     「先生と話をしているうちに、気分が悪くなった」      
       「やっぱり、一緒に入ってもらえば良かった」
       「途中で先生が、晴れ晴れちゃん呼んでくれるのかと思ってた」
      「私、口下手だから、上手に伝えられないんだよ」
      「やっぱり、パニック障害だって」
      「パニック障害は、美容室 で起こりやすいんだって」
      「エプロンとか巻かれて、拘束状態になるからだって」
      「刃物とかハサミとか持っていたりするのも原因になるって」
      「それから、昨夜、お母さんから貰った安定剤は、私にピッタリだって」

その後、処方箋を持って薬屋さんへ。
妹に、精神安定剤 リーゼ 3錠/日 (一回に2錠までなら飲んでもよい) 二週間分を受け取りました。

帰宅してから妹が言いました。

「家族構成や関係を詳しく聞かれた」
「ご主人との関係は?と聞かれたから、普通 と答えた」
「でも、お姑さんのこととか、細かいことまでは話せないよね」
「誰に聞かれるかわかったもんじゃない」

そこで、晴れ晴れは、

「お医者様には、守秘義務 があるから、その点は大丈夫」
「本当のことを話さないと、病気がよくならないかも・・・よ」 と話しました。

その晩は、妹が父の後に入浴し、就寝しました。
晴れ晴れは、その一時間程後に入浴し、部屋へ戻りました。
すると、ベットで寝ていた妹が、ガバッ と目を開き、
『あっ~!(@_@)ビックリした~!』
と大声をあげたかと思うと、大きく目を見開いて、私を見ながら、ハーハー してしまいました。
布団をグーしてぎゅぎゅっと握り、大きく目を見開いて・・・ハーハーと激しい息遣いで苦しそう・・・

晴れ晴れ
「ごめんね。驚かしちゃった?」
「大丈夫よ」
「深呼吸」
「深呼吸」

妹は、その通りに 『ふー』『ふー』 と深呼吸をしました。
次第に落ち着きを取り戻し、一時の後、寝息をたて始めました。

妹は、発病後、ちょっとした物音等にも、敏感に反応してしまう ようでした。
『ビックリ病』・・・そんな感じです。

 

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妹の入院先へ

2009/1/5(月)

保護者2さんが退院し、付属の介護施設へ移動、再入所の手続きを済ませたその足で、妹の入院先へ向かいました。

高速道路を走り、まずは実家へ向かいました。
実家へ到着すると、母も一緒に病院へ向かうことになりました。
弟君へ電話をし、「今から、母を連れて病院へ向かうけれど、その後はどうなってる?」
と聞くと、
弟君 「僕もその後の容態とかを知りたくて、妹旦那に朝から何度も電話するが繋がらず、今の状態がわからない」
    「今さっきまで、妹同居の義父母が姪を連れて、父事務所にいた」
    「事務所前の美容室へ来たそうで、姪達が、父事務所へ寄ろうと言うので立ち寄ったそと言っていた」
    「二時間くらい事務所にいられちゃって、僕は仕事にならなかった」
    「あの後見舞いへ行ったかも・・・、もしかしたら、病院で会うかもしれないよ」

病院へ向かう車中で、母が昨日の妹の様子を話してくれた。

美容室でカット中、気分が悪くなり、弟に電話
意識は混濁、息も絶え絶えで運ばれたが、母が見舞った時には安定して
ただ 気持ちが悪い と訴えていた・・・と。

「数日くらい入院して検査をするのではないのかな?」
とも。

隣町の救急病院へ到着し、妹の病室へ行くと
寝ていた妹が、私の顔を見るなり 開口一番 怒り出しました。

「来なくていいって言ったのに!」
「妹旦那に、来なくて大丈夫だからって言うように言っといたのに!聞かなかった!?」

晴れ晴れ 「何も言われてない・・・」
       「どちらにしても、今日は来るつもりだったから」

妹     「何でちゃんとそういうことしてくれないのかなー!」 (妹旦那への怒り)
大きな声で怒っていました。

そうした少し後、御見舞を渡すと
妹 は、ハッハッハ と笑って
    
      「さっき、先生が来てね」
      「血液検査でも異常はなかったって」
      「パニック障害 と思われるって」
      「パニック障害で、死ぬことはないんだって」
      「でも、本当に苦しかったんだよ」
      「息ができなくて、胸が苦しくて、心臓発作かと思った」

治療計画書 を見ると、 
『パニック障害の疑い』
『心療内科のある病院 へ』 と書いてありました。

『パニック障害』 ・・・ と聞いて、私はピン とはこなかったのですが、 母には『パニック障害』の知人がいるらしく・・・
『うつ病 よりは、ずっとイイ・・・パニック障害は、治るから』 と、後で言っていました。

妹が、

「今日、退院することになったから」 
「実家に帰ってゆっくりする」

「旦那が遅いな~」
「時間休とったんだから、もうとっくに来てもいいのに」
「メールしたって、全然返信がないんだよ」
と、また 盛んにイラついている様子でした。

「今日、帰る」と、急に言うので、母と私は荷造りをバタバタとはじめました。
そんなところへ、妹の旦那様が子供達を連れてかけつけました。
妹は、旦那様が到着すると、クルッと旦那様にお尻を向けて寝てしまいました。

晴れ晴れ 「どうしたの?」 と妹に聞くと
妹     「なんだか、気持ち悪くなった・・・」 

それに気づいたか気づかないか・・・
妹旦那 「それじゃ、今から退院の手続きと支払いしてきますんで・・・」 と、病室を出て行きました。

戻ってきた旦那様に、

晴れ晴れ 「実家に帰って静養すると言っているけれど、いいですか?」 
と聞くと
妹旦那  「仕方がないですよね~」 と、何となく事務的に言う。
それは、何となく、嫌な物言いだった。
心がないと言うか、愛情が感じられないと言うか・・・他人行儀で突き放した感じ・・・

それから、ナースステーションで看護師さん達に 『お世話になりました』 と、挨拶をした。
ヒョコヒョコ 一番後ろについてきていた妹は、育ちの悪いヤンキーのお姉さんみたいに、 ヒョコ っと頭を下げただけだった。
目がうつろ だった。
そんな姿を見て、
『心の病気』 になってしまっているのだな・・・と思う。

車に荷物が乗っていると言う 妹旦那様 と 駐車場まで二人で歩いた。

晴れ晴れ 「こんなことになって迷惑かけますね」
晴れ晴れ 「御父様お母様も心配しているでしょうね。ごめんなさいね。」
と道々話した。
すると、意外な答えが返ってきた。
妹旦那 「いいえ。 家のおふくろ達は心配していません。」
      「おふくろが言ってました。」
      「女には、一度や二度、死んでしまいそうになる・・・死ぬかと思うことが誰にでもあるもんだ」
      「私だって、二回位、ああ!このまま死んじゃうんだな・・・と思うことがあった って・・・」
      「そう簡単に、死にやしない」 って言ってました。
      「だから、両親は心配していません」

私は、絶句! してしまいました。
『随分、冷たい言い草ね』 ・・・と、悲しくなりました。

『だから、同居している嫁が救急車で運ばれても、見舞いにもこない訳?』

駐車場で、当座の荷物を手渡されました。
そのまま子供を連れて帰宅するような話をするので、
晴れ晴れ 「実家まで、ちゃんと送ってあげて下さい」
       「病気でしょ?」
       「病気なのに、送ってもくれなかった・・・って、怒りそうな気がするから」
妹旦那   「そうですね・・・確かに、言いそうだ」

妹は、旦那さんと子供達の乗る車には乗らず、晴れ晴れの助手席の扉を開けて乗車。
実家までの車中、『気持ちが悪い』 と、車窓を開け、シートを倒して寝ていました。
実家に到着し、ベットをセッティングして妹を寝かせました。
それから、帰宅していた父と妹旦那と子供達を連れて、近所の手打ちうどん屋さんへ。
夕食を食べて実家へと戻りました。
その外出中、妹に 小さな発作 が起こっていたそうです。
母が、『御飯できたよ』 と階下にいざなうように入室すると、
ベットで寝ていた妹が、 布団をガバッ とはぎ
「お母さん、苦しい!」「苦しい!」 と、ゼーゼーしたのだそうです。
そこで、母は、
「大丈夫」「大丈夫」
「深呼吸」「深呼吸」 と、なだめたのだとか・・・


それから、姪達は、みかんを食べ、絵を描き、いつもと大差なく大騒ぎをし、妹旦那様と21時過ぎに帰って行きました。

その後、妹は洗髪したいと一番風呂をし、母から精神安定剤 を貰って就寝しました。
妹は、クークークークー よく寝ていました。
深い眠りのようでした。
私は、妹の寝ている隣に布団を敷き、妹の寝息を聞きながら 就寝したのでした。


妹は、結婚当初から、義父の建ててくれた二世帯住宅の二階に住んでいました。
一階に 夫の祖母と週に一度くらいしか戻らない官庁勤めの義父との二世帯同居でした。
嫁姑不仲の義母は、自分の家を建てて別居していました。
ところが、数年後、祖母が介護施設へ入所し、約三年前、その義父母が復縁し、同居したのでした。
(籍は抜いていなかったので、事実上の復縁)

復縁、同居の話は、妹には全く聞かされずのことだったらしいです。
妹からしてみれば、何も知らされずに、義母が引越しをしてきた のだそうです。
妹なりに、同居生活を頑張ったようですが、仁王立ちして怒鳴り散らす姑 との不仲が募るばかりの生活だったのでした。

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妹の発病

2009.1.4(日)

保護者2さんの病室を出て、駐車場で保護者1さんに 『今から帰る』 とmailtoメールする。

それから、約20分 自宅へ到着し車庫入れすると、保護者1さんが車の横に立っていて 『ドキッ』 とする。

保護者1 「驚かないで聞いてね・・・晴れ晴れ妹が今、救急車で運ばれたって」
      「弟君が電話を入れたらしいけど繋がらないって、俺に連絡よこした」
      「病院いってるから・・・って話はしたんだけど」
晴れ晴れ「えっ~~!」
保護者1 「早く電話してあげなさい」

そう言えば、病院で付き添いだったので、着信音をマナーモードにしていた・・・
帰宅時に、マナーモードを解除するのを忘れていたのでした。
携帯を見ると弟君からの最初の着信が、14時47分 
とりあえず、家に入って電話をかけた。
その携帯電話を持つ手が、震えていることに気づく。
直ぐに弟君が出て、今、妹を乗せた救急車の後を走っていると言う。

弟君 「携帯の電池がきれそうなので、とりあえず、妹の病歴を聞かれるから知っていることを教えて」
   「電池がきれそうだから、電話を切るからメール送って」 

と、電話が切れた。

震える手と頭で考える・・・ええっと・・・ええっと・・・
『確か、一年位前にマイコプラズマになって、半年くらい前に再発していた』
『実家近くのK村医院を受診していた

後は、思い出せなかったので、その旨をメールした。

弟君から電話がかかってきた。
「電池充電器を買ったから、もう話せる」
「美容室でカット中に気分が悪くなり倒れたんだ」
「外出中の旦那に電話をしたら繋がらず」
(千葉までバスで出かけていた)
「父に電話をしたが繋がらず」
(この日に限って、携帯を持たずに日光へ)
最初妹から 「気分が悪いので迎えにきて」 と、本人から電話だったそう。
弟も出先だったのだけれど、市内にはいたので、急遽、美容室へ迎えに行くと、既に救急車が到着していたそうです。
妹は項垂れて寝ており、呼吸が苦しそうで、話もおぼつかない様子(後に、弟は、死んでしまうのではないか?と一瞬思ったそうです)、
弟が到着すると、「誰にも連絡がつかず、弟しかいない」 と、オイオイ消え入るような声で泣いていたそうです。

その後、一緒に美容室に来ていた姪二人を車に乗せ、救急車の後を追ったのだそうです。
妹は、正月休みだった為、市内の救急病院は受け入れならず、隣町の救急病院へ搬送されたのでした。

弟君に、とりあえず先生の話を聞いて、一報を入れてくれるように頼む。
それによっては、私も、そちらへ向かうから・・・と。

病歴、大事な何かを見落としている気がして、妹からの携帯メール履歴を見る・・・
気になるメールが、夏(晴れ晴れの闘病中) 9/6 にあった。
『一週間くらい血痰が出て、K村医院を受診した』
『なかなか改善せず、薬を変え、血止めの薬を5日間飲んだら症状が落ち着いた』9/27
『今度、CTを撮りましょうと言われた』

それらのデータを弟へメールした。

15:44 処置室から病室へ移動した。
16:10 落ち着いてきた。    と、弟君からメールがくる。
16:55 今からそちらへ向かおうと思うのだけど・・・と、メールすると弟君から電話がきた。

心肺機能、心電図に異常なし』
『血圧、体温も平常』
『血液検査は、明日になるが、症状は改善していて異常はみられない』
と、医師から言われた。
『帰宅しても大丈夫』 だと言われたが、妹の希望で、今夜は入院することになった・・・
だから、心配いらないと 弟君。

母に電話をしました。

母 「あまり心配しないことにする」 と言っていた。

私は、とりあえず安堵し、その日は、携帯を枕元に置いて就寝したのでした。

  

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